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ABOUT あたねいあ 関口香のこと

こんにちは。関口香です。

 

シータヒーリングを学ぶ前、約12年前の私は、本当にネガティブでした。

ほんの些細なことで怒り続けたり、孤独の中で悲しくなったり、誰かと自分を比較してヤキモチを焼いたりしていました。また、苦手な人と話していると、すぐ調子が悪くなったりもしていました。

自分に自信が持てない、自分の人生が大嫌い。そんな状態だったのです。

人生って結局は苦しみばかりで、絶望的だと感じていました。病気もたくさんして、離婚もして、仕事もうまくいかず、空回りをしていました。

病気は、いつも突然やってきました。特に1998年頃には子宮頸癌の前期だと診断されました。

その手術の後、5年の経過期間の間にレイキのマスターになったり、クリスタルレイアウトのセッションを定期的に受けたり、パワーストーンを身につけたりしていましたが、一時的にはスッキリしても、持続しませんでした。

2005年ごろ、今度は甲状腺機能亢進症で目が突眼(飛び出す)状態になりました。

自分の顔が変形してしまったことは、女性としては悲しいことでした。

さらに、医者から「ホルモンの異常はないから、医療としてはできることがない」と言われて、西洋医学には期待できないこともはっきりしていました。

そこから、もう一度自分と向き合う日々が始まりました。

小さい頃から慣れ親しんでいた漢方薬を飲んだり、アーユルヴェーダの診断やマッサージを受けたり、瞑想を学んだり、有機農業をしている農家さんに通ったり。お金は全然なかったので、最低限のことを、最小の料金でするばかりでした。どうしても治りたかったし、治るはずだと思っていたのです。

そんな中、インターネットで見つけたホメオパシー(代替医療で、ドイツなどでは正式の医療として認められている)の専門家に会いに行ったところ、「本当に大変な人生でしたね。でも、大丈夫です。あなたの問題は、1年くらいかけたらホメオパシーでかなり変化すると思います。ただ、今日1日でかなり解決してしまう方法があるんですが、どちらがいいですか?」と言われました。

この瞬間、私の人生に、変化の扉が開きました。

ずっと蛇行していた川が、大きな海に流れ出たかのようでした。​

そうやって、全く知らなかったシータヒーリングという様式は、この時初めて、私の人生に現れたのです。

シータヒーリングのセッションを初めて受けたその日の夜、ネガティブな雑念が全く湧いてこないことに驚きました。

そのことを、ホメオパスに伝えると、「1ヶ月後に、シータヒーリングの初級コースを初開催するのですが、いらっしゃいますか?」と言われました。

あれから10年以上が経って、あの時の出会いに、本当に感謝しています。

飛び出てしまった目は、いつのまにか気にならなくなっていました。撮影されるのがあんなに嫌だった写真も、喜んで笑顔になれるようになりました。メイクもできるようになりました。

こんな変化を、みんなに体験してほしいと思うようになりました。

そして「あたねいあ」という名前が、ヒーラーという仕事を始めるときに降りてきました。

すべてなるものの光を知る、真実の法とつながる者という意味です。

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.....真実とは何かな?と小さい時から私は思っていました。

お釈迦様は「生きることの本質は苦しみだ」と言ったというけれど、なぜ苦しむために生まれてくるんだろう? 

同じように生まれてきたのに、貧富の差や、病気や戦争などを他の人よりもたくさん経験しなければならない人がいるのはどうしてなんだろう。こんな苦しみばかりの世の中に生きてる甲斐はないし、神様がいるなら、この状況を変えてほしい! とずっと思っていました。

アジアの国の貧しいスラムでボランティアをしたり、記者/編集者として雑誌をつくったり、福祉を学んだりしてきましたが、納得できる答えは見つかりませんでした。

でも、シータヒーリングに出会えたことで、幸せに生きることの意味が、少しずつわかり始めてきています。

その真実について、一人でも多くの皆さんに、お伝えしたいと思っています。

【略歴】

早稲田大学第一文学部西洋史科卒、

大阪市立大学生活科学部社会福祉学博士課程前期課程修了。

在米1年、在タイ3年。

出版社勤務、フリーランスでのライター/編集者を経て、魂の解放への探求を始める。

シータヒーリング®️米国本部認定サイエンス&マスター プラクティショナー&インストラクター

(活動は2009年より)

ワンネスユニバーシティ認定上級トレイナー(活動は2010年より)

西洋レイキ・ティーチャー(活動は2000年より)。

タイ古式マッサージトレーニング120時間修了(2005年タイ・バンコクにて)

大阪・正食協会にてマクロビオティックの上級コース修了(2007年)

シータヒーリング®️は初めて日本に入って来た頃に学び始めました。

個人セッションは国内外の小学生から70代まで、約3000人の方にお会いしてきました。

​皆さんからは、

「緊張するかと思ったけれど、普通に話しているうちに大きな変化が現れた!」

「すごく軽いセッションだった」

「セッションの前後では違う人になったみたい」

という声をいただいています。

多くのクライアントさんがリピートしてくれて、定期的に会いにきてくれます。

編集者時代につちかったわかりやすい日本語が、全国のセミナーでも好評を得ていて、インドやロシア、アメリカで通訳としても活躍中です。

翻訳活動もしています。ペンネームでは風丹谷香里(ふうにゃかおり)名義で 翻訳もしています。

『完全無欠のコミュニケーションのための7つのステップ』(キャス・トーマス著)、『Having your cake and eating it too(快楽主義者のための富裕でデカダントでオーガズミックな生き方ガイド) 』 (マーガレット・ブローナック著)

趣味は、ヨガ、瞑想や春と秋の酵素などの発酵食づくり。乗馬、ダイビング、旅、愛猫2匹とのんびりすること、そして、ソウルファミリー達と時代を超えて巡り合うこと。

 

エネルギッシュな人…と言われることが多いけれど、一番好きなのは自然の中でボーッとすること。山と湖が好きです。

レンタルルーム

私の夢が叶った10年間のこと

2007年秋にシータヒーリングを始めてから10年。夢がどんどん叶いました。

通訳をやるなんて、想像もしていませんでしたが、今では1000人規模の会場で通訳をしたりもしています。

​たくさんの人に会い、たくさんの国を訪れ、たくさんの人の道しるべになるという夢が、現実になっています。

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通訳としての私

シータヒーリングを始めたのが2007年。ほぼ同時期に、ご縁があってインドのアンドラプラデーシュ州にあるワンネスユニバーシティの教えにふれ始めました。魂についての知識や、生きることについての叡智について、夢中になって学ぶうちに、いつのまにか通訳として働くようになっていました。

結果として、シータヒーリングでも多くのクラスでヴァイアナや海外のインストラクターの通訳をすることになりました。

私にとっての通訳の仕事はチャネリングです。

話している人が伝えようとしているエネルギーと同じものにつながるのです。

シータをやっているからこそ、できるようになったと思っています。少なくとも、10年前には夢にも思わなかったお仕事でした。できるだけマインドを介さないでいることも、通訳の仕事が教えてくれました。

​あらゆる体験が、通訳という仕事、インストラクターという仕事に生かされているのを感じる時、私は創造主の見えない手を感じて、ただただ感謝の中にいるのです。